なぜ知っている文法が話すととっさに出てこないのか|「自動化」という概念
文法は知っているのに話すと出てこない。その原因を第二言語習得研究の「スキル習得理論」から解説。宣言的知識を自動化する方法とは。
「現在完了形は『have + 過去分詞』で、過去から現在につながる動作を表す」
こう聞かれたら、答えられる人は多いと思います。
でも、実際の会話で "I've been waiting for an hour" がすっと出てくるかというと、話は別。
「この文法、知ってるはずなのに、なんで話すと出てこないんだろう」
僕自身、アメリカに留学した当初、まさにこの状態でした。高校で習った文法は一通り覚えていた。テストではそこそこ点が取れていた。なのに、いざ話そうとすると、頭が真っ白になる。
この現象には、ちゃんとした科学的な説明があります。
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「知っている」と「使える」は脳の別の場所にある
第二言語習得研究では、知識には2種類あると考えられています。
宣言的知識(declarative knowledge) と 手続き的知識(procedural knowledge) です。
宣言的知識は、「〜とは何か」を説明できる知識。文法のルールを言葉で説明できる状態です。「三人称単数現在形にはsをつける」と言える。これが宣言的知識。
手続き的知識は、「〜をどうやるか」という知識。実際にそれを使える状態です。会話の中で "She works at a bank" と自然に言える。これが手続き的知識。
ポイントは、この2つは脳の別の部分で処理されているということです。
宣言的知識は主に側頭葉で処理され、手続き的知識は基底核や小脳で処理されると言われています。つまり、文法を「知っている」ことと「使える」ことは、神経学的にも別物なのです。
自転車に乗れるようになるプロセス
これをもう少しわかりやすく説明するために、自転車の例を考えてみます。
自転車の乗り方を知っている人は多いでしょう。「ペダルを踏んで、ハンドルでバランスを取る」。これは宣言的知識です。
でも、この知識があるだけで自転車に乗れるかというと、そうではない。最初は何度も転ぶ。頭ではわかっているのに、体がついてこない。
練習を繰り返すうちに、少しずつバランスが取れるようになる。そしてある時点から、もう意識しなくても乗れるようになる。
この「意識しなくても使える」状態が、自動化(automatization) です。
言語の習得も、これと同じプロセスをたどります。
スキル習得理論:3つの段階
アメリカの言語学者ロバート・デキーサー(Robert DeKeyser)は、この過程を「スキル習得理論」として体系化しました。
言語習得の3段階
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宣言的段階: 文法のルールを頭で理解する(「三人称単数にはsをつける」と知っている)
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手続き化段階: 練習を通じて、ルールを実際に使えるようになる(意識的に考えながら使える)
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自動化段階: 意識しなくても、自然に正しい形が出てくる(ネイティブのように)
多くの日本人学習者は、第1段階(宣言的段階)で止まっています。
中学・高校で文法を学び、テストでは正解できる。でも、それを実際に使う練習をしていないから、第2段階・第3段階に進めない。
デキーサーの研究によると、宣言的知識から自動化に至るまでには、大量の練習が必要です。同じパターンを何度も繰り返すことで、反応時間が短くなり、エラーが減り、やがて意識しなくても使えるようになる。
逆に言えば、練習なしに自動化が起こることはありません。
なぜ練習が必要なのか
ここで疑問が浮かぶかもしれません。「文法を理解しているなら、あとは慣れの問題じゃないの?」と。
実は、単に「慣れる」のとは少し違います。
手続き化のプロセスでは、脳内で新しい神経回路が形成されていきます。最初はぎこちなく、エネルギーを使う。でも繰り返すうちに、その回路が強化され、効率的に処理できるようになる。
これは筋トレと似ています。筋肉を鍛えるには、実際に負荷をかけて動かす必要がある。「筋肉の仕組み」を知っているだけでは、筋肉はつかない。
英語も同じです。「三人称単数にはsをつける」と知っているだけでは、その回路は強化されない。実際に何度も使うことで、初めて自動化が進む。
僕が留学初期に経験したこと
アメリカに留学した当初、僕はまさに「宣言的知識だけある」状態でした。
文法は一通り勉強していた。センター試験の英語もそこそこできていた。だから、なんとかなるだろうと思っていた。
でも、実際に話そうとすると、全然言葉が出てこなかった。
頭の中では「ここは過去形を使うべき」とわかっている。でも、それを組み立てて口から出すまでに、ものすごく時間がかかる。考えている間に会話は先に進んでいる。
特につらかったのは、知っているはずの簡単な文法でミスを連発することでした。「He don't...」と言ってしまって、言った瞬間に「あ、doesn'tだ」と気づく。知っているのに、とっさに出てこない。
あの頃の自分には、圧倒的に練習が足りていなかった。文法を「知っている」だけで、「使える」状態にしていなかった。
自動化を促す練習とは
では、どうすれば宣言的知識を自動化できるのか。
デキーサーの研究に基づくと、効果的な練習には以下の特徴があります。
1. 同じパターンを繰り返す
一つの文法項目を、何度も異なる文脈で使う。「三人称単数のs」なら、様々な主語と動詞の組み合わせで練習する。
2. スピードを意識する
ゆっくり考えて正解を出すのではなく、できるだけ速く反応する練習をする。反応時間を短くすることが、自動化の指標になる。
3. 意味のある文脈で使う
機械的なドリルだけでなく、実際のコミュニケーションに近い状況で使う。意味を伝えようとしながら使うことで、より深い処理が行われる。
瞬間英作文は、まさにこの条件を満たすトレーニングです。日本語を見て即座に英語に変換する。同じ文法パターンを繰り返し使う。スピードを意識する。
大人の学習者には明示的学習が有効
もう一つ、デキーサーの研究で重要な発見があります。
大人の学習者は、明示的に文法を学んでから練習する方が効率的だということ。
子供は大量のインプットから無意識に言語を習得できます。でも、大人の脳は違う。子供のような暗示的学習能力は低下している代わりに、論理的に理解する能力が発達している。
だから大人は、まず文法を明示的に理解し、それから練習で自動化を目指す。このアプローチが効果的なのです。
「文法なんて勉強しなくていい」という意見もありますが、大人の学習者にとっては、文法を学ぶことが効率的な自動化への近道になります。
まとめ
「知っている文法がとっさに出てこない」のは、あなたの能力の問題ではありません。
単に、宣言的知識がまだ自動化されていないだけです。そして自動化には、練習が必要です。
デキーサーのスキル習得理論が示すように、言語の習得は「宣言的知識 → 手続き化 → 自動化」という段階を経ます。文法を知っているだけでは、まだ第1段階。そこから先に進むには、実際に使う練習を繰り返すしかない。
僕自身、留学初期に痛感しました。知識だけでは話せない。練習して、使えるようにしないといけない。
今、文法は理解しているのに話せないと感じている人は、あと一歩のところにいます。必要なのは、その知識を「使える」状態にする練習です。
今、文法は理解しているのに話せないと感じている人は、あと一歩のところにいます。必要なのは、その知識を「使える」状態にする練習です。
参考文献